思い立ったが随筆


 日々思う由無事を書き連ねています。



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2012/2/25 『思えば遠くへ来た……のかなぁ』第34回 男十二人夏物語:午前十時の映画祭

 JRや地下鉄に乗ったり駅を通ったりする時に、目に付く広告というのは当企画の行き先を決める中で重要な情報源になる。その場で確定させる訳でもないが、うろ覚えで帰り、ぐーぐる先生に詳しい事を教えて貰うの構えである。
 今回何となく目に付いていたのは『午前十時の映画祭』。
 これはその名の通り、午前十時から行われている映画祭で、全国の映画館で一年区切りで行われていて、今年度は二回目、三回で終了らしい。
 扱われる映画は、投票で選ばれた往年の名作、言い方を変えればゲオやツタヤで100円で一週間観られるものを、わざわざ映画館まで行って1,000円払って観るという、無駄と言うならこれ程無駄な事もないが、無駄をもって文化とするなら実に文化的なイベントである。

 自分は映画の日に生まれた映画の申し子であり、寝る前にソ連映画の『戦争と平和』のDVDを全部観る事が習慣になっている程の映画好きである。こんな自分が、このイベントを見逃す訳がないのである。
 いやー、映画なんて何年ぶりだろう(注:前行とこの行、どちらかに嘘があります)。

 当日。
 十時合わせで目覚ましをかけたが、ずっと早く起きたので、ソーミンチャンプルーの改良版を作ったり、完成寸前でそうめんと間違えてうどんを買っていた事に気付いたりして時を過ごし、九時過ぎに出発。
 うう、吹雪いてますよ、何だか吹雪いてますよ。リンゴ売りはいなかったけど、多分誰かが真似をしなかったんだと思いますよ。
 地下鉄東西線で大通駅の一つ向こう、バスセンター前駅で下車した。
 向かうはサッポロファクトリーにあるユナイテッド・シネマ札幌、いわゆるシネコンである。
 しかし、シネマコンプレックスって、何が画期的だったんかねぇ。スクリーンの多さ? でも昔だって、スクリーンが複数ある映画館もあったし、程度問題な気がする。もう少し言えば、スクリーンが多くても結局目的の一作品に一回分の料金を支払って観るという客の動きは変わらん気がする。シネコンに来てその場で観る映画を選んだり、複数の映画をハシゴするってならまあ理解は出来るけど、値段高いし時間も固定だしそういう場当たりで選べる人は少ないんじゃなかろうか。まさかキャラメルポップコーンが目当てでもなかろうし、謎だ。

 ええと、サッポロファクトリーに近い出口は……こっちか。
 地下通路でも繋がってたらもっと客も入るだろうけど、離れすぎかな。
 五分も歩かないうちに、ユナイテッド・シネマの文字の付いた建物が見えて来る。
 サッポロファクトリーにはほとんど来た事がないけど、微妙に土地勘はあるな。
 入り口がこれか。漫画喫茶の自遊空間が隣接というか、同じ屋根の下なんだな。
 手動の扉を開け、中へ。
 上映スケジュールを確認する。
 よしよし、やってるぞ。
 チケット売り場に並び、チケットを購入する。
「午前十時の映画祭ってのを一つ、本日分でくれたまえ」
「本日の上映は『十二人の怒れる男』になりますが、よろしいでしょうか」
「良いとも」
「席は通常どの辺りでご覧になっていますか?」
「この辺りかな」
「ではこちらの席で宜しいでしょうか」
 てな感じで、チケットを購入した。
 三回観ると飲み物が貰えるスタンプカードと、サッポロファクトリー内のナムコのゲーセンで使えるメダルかクレーンゲームのサービス券を貰った。
 ふむ、チケット売り場の向こうは、レストランか喫茶のスペースがあり、その向こうにはポップコーン売り、上映しているグッズ類の販売。海老名のワーナーよりは心持ちスペースが狭い感じか。
 スクリーンは二番スクリーンで、もう開場しているという事だから……ああ、もぎりの人がいる。
 もぎりの人にチケットを渡し、半券を受け取る。これを見せれば外と中を自由に行き来できるという画期的なシステムである。勿論、本当は有り触れていて全然画期的ではないシステムだが、敢えて画期的と呼ぶ事で、語句を誤って用いる滑稽者という印象を読者に与えるという策略であり、また、それを敢えてクドクド解説する事によって、滑稽に無様の要素を添加しより滑稽に見せるというテクニックを用いている。

 シアターに入ると、先客が一人だけ。
 ……ガラガラだな。
 兄弟のヤギはがらがらどんだったっけなぁ。
 平日の午前中にそんなに客が入るワケがないか。この映画を是非観たいって人でも、一週間スパンで同じ物をやっているから休みに行けば良いんだしね。
 しかし……。

 スクリーンでけえ!

 見上げるようなスクリーンだ。
 はっきり言って、席が前過ぎた。
 自分は講演とか説明会だと一番前とか前から二番目とか、ともかく前に行く事にしているのだが、それが仇になった感じだ。
 このガラガラさなら座席を変えて貰う事も容易だろうが、一度自分で良いと言ったものを取り換えて欲しいと頼むのも何だかきまりが悪い。
 ここはこの席で通す。
 武士に二言はない(この場合の対語:過ちては則ち改むるに憚るなかれ)!

 始まる前から薄暗いシアター内で、本を読む事も出来ずにぼんやり過ごすうち、映画の宣伝が始まった。
 映画館のこの前フリは長いんだよねぇ。
 宣伝が終わり、映画鑑賞の注意のアニメーションが終わり、そして、『十二人の怒れる男』が始まった。

 十二人の怒れる男は、陪審員を主人公とした法廷劇で、オマージュやリメイクが多く作られ、後に与えた影響は大きい。
 後発作品は本作の問題点が解消され、より見栄えがする部分もあるが、改めて原点に立ち戻ってみると、むしろ不足や過誤と思われた部分が、味わいや必然性を持っていたと再確認出来る。
 例えば、当時の最大の批判部位である「十二人のうち、マジギレしていたのは一人だけである」、という部分については、それぐらいで良かったのだと分かる。向田邦子によるリメイク作では、毎回十二枚のちゃぶ台を飛翔させ大いに評価されていたが、それはあくまで小林亜星が陪審員にいる状況においてのみ成り立つ幾分擬化された表現だった事が分かる。
 また、「トイレのタオルがびろんとなっていて汚らしい」という批判については、昔は確かオイルショックとかだったので、使い捨てのペーパーを用意出来た後発作品とは事情が異なり、むしろ時代背景を映した優れた描写であったと言える。
 更に、「喫煙は喫煙室で行うべきではないか」という批判に至っては、喫煙室シーンを導入したリメイクにおいて、セットの費用が五割り増しになるという事態が発生しており、三十五万ドルという超低予算で作られた本作の完成そのものが妨げられた事は想像に難くない。

 総じて、なかなかに楽しめる、名作と呼ぶに相応しい作品である事は間違いないと言えよう。
 ラストシーンで、主人公ともう一人が互いの名を伝え合うシーンは、日本人の放送作家にインスピレーションを与えたとか与えていないとか。

 ビデオで借りてみても感想に替わりはなかったとは思うが、良い映画に出会えて嬉しい限りである。

※尚、作品内容に関する記述は、あくまで本人の主観なので、効果には個人差があります。

 すっかり見終わって十二時前。
 その後、サッポロファクトリー内を軽く眺めてから帰った。


<出費>
 交通費:480円(琴似―240―バスセンター前 札幌―240―琴似)
 入場料:1,000円(午前十時の映画祭)
 計:1,480円



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