思い立ったが随筆


 日々思う由無事を書き連ねています。



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2007/3/23 『遠くへ行きたい……って訳でもないんだが 青春18きっぷ消化試合 花粉との邂逅』
 青春18きっぷの残り3回。
 そして、期限は4月10日まで。
 基本的には、この前の伊勢行きで、完全に元は取れているのだが(本来普通列車の運賃でも、往復で14000円ぐらいする)、使わないのも勿体ない。
 という事で、駅すぱーとやGoogleマップなんぞを見ながらぼんやりと行き先を探した。
 んー、西の方は今回はまあいいや、って感じもするし、東の方かなぁ。
 千葉方面で良いかなぁ。九十九里浜とかあるけど……いや、どうせ行くならもっと端っこまでかなぁ。
 とすると、関東最東端の、銚子?
 ふむ、銚子か。
 悪くはないような。
 ――JR東海のホームページ(JR普通列車だけのルートが出るので、駅すぱーとよりも便利な事が多い)で路線検索してみる。
 海老名駅から銚子駅まで――ふむ、4時間ちょい。本当の最東端である犬吠までは、銚子電鉄でプラス15分ぐらい。
 名古屋までが6時間だったのと比べると、かなり楽な感じ。日帰りだと、この辺が限界か。
 んじゃ、出発時刻を8:39の茅ヶ崎行きに合わせる事にしよう。
 それから銚子電鉄は、何かお得な切符とかはないかなぁ、と、ぐぐっていると。
 ――列車の正面衝突の事故があった事なんかが分かり、少々ブルーな気分に。
 それはともかく、620円でフリー切符「弧廻手形」がある事が分かった。
 死刑になりそうな名前だが、それはそれ、犬吠までの片道が310円、ただ往復するだけでも損のない乗り降り自由のフリーで、ついでに施設の入場割引券も一つ二つ付いて、お得な切符な様子。
 じゃあ、これを使う事にするかなぁ。

 そして当日。
 朝に少々バタバタしたものの、さほど危なげなく8:39発の相模線に乗り込む事に成功した。
 その後、茅ヶ崎、品川、東京と乗り換え、千葉に到着したのが10:57。
 さて、これから2時間かぁ、やれやれ。
 腹も減って来たけど、指定席じゃない列車で弁当食べるって、やっぱり勇気が要るよなー。
 店に入る程の待ち時間もないし、やっぱり銚子駅まで我慢しとくべきだろうなぁ。
 という事で、列車に乗り込んだ。
 流石に長距離なので、車両にはトイレは付いていたが――座席は通勤列車でお馴染みのロングシートってヤツ。このタイプの座席で食事するのは、やっぱり無理だなぁ。まあ、隣の二人は何か食べてたけど。
 それでも、名古屋行きに比べれば大した乗車時間でもなく、持っていった文庫本『日本人なら知っておきたい 江戸の庶民の朝から晩まで』と戯曲『夫が多すぎて』を読み終わる頃には銚子に到着した。
 銚子は、ホーム二つで――なんか端っこの方にトイレみたいなのがあるけど――あれが銚子電鉄の駅舎というか乗り場というか、そんなんか。
 でもまあ、まずは腹ごしらえ。改札から出ようとすると、何か黄色いユニフォームを着た人たちが、何かを配ろうと待ち構えている。何だろう、と思いつつ素通り。別に声もかけられなかった。
 観光協会が駅の中にあったので、観光地図を一枚取って、外へ。

 駅前はバスとタクシーのターミナルで、駅の真正面からずどんと広い通りが延びている。何だか土地の安そうな場所だなぁ。
 食べ物屋を求めて、その広い通りの歩道を歩く。
 向かい側には、いくつか土産物屋があるが、こちら側はあんまりないなぁ。
 食べ物屋食べ物屋……うーむ。
 銚子は漁港なので、刺身などを扱っている定食屋が目には付くのだが、そういう店は入ると、客席で新聞読みながらテレビを見ていた店のオヤジが、面倒臭そうな顔で煙草を揉み消して「何にすんだよ」という目で聞いて、どの料理を頼んでも「この店でそんなつまんねえもの頼みやがって」という顔で面白くなさそうに料理して、それが終わったらまた隣りで煙草ふかして「早く出て行かねえかなぁ、この野郎」みたいな顔で横目でチラチラ睨み続け、そして勘定で釣り銭が必要になると舌打ちとかするから、入りたくないのだ(偏見妄想)。
 そんな訳で、程ほどの愛想の良さが約束されているセブンイレブンで、100円セールのおにぎりを3つ買った。
 それから、海(正確には利根川)の方へ歩くと、丁度良い具合に曲がり角にベンチが置かれていたので、そこで座って食べる。
 鶏つくねおにぎりも100円なので、かなりお得感高いな。
 3つで、600キロカロリーぐらい。昼食としては充分な量である。
 落ち着いたところで、地図を確認する。
 ここから道なりに東へ進んで行くと、ポートタワーがあり、そこから南へ進むと犬吠埼がある。地図では結構距離がある感じがしたが、縮尺の関係かそれほどでもない。駅からここまでの距離も、思った以上に近かったし。
 えーと、第一目標のポートタワーは……あ、こっから見える。
 ふむ、あの感じでは、無茶に近くはないが、そう遠くもない。
 よし、歩いてみようか。
 銚子電鉄の分の電車代、出来れば浮かせたかったし。

 海沿いの道を歩く。
 歩くが。
 歩道というものが、イマイチきちんと整備されていない。
 ガードレールと樹の間が歩道かと思えば、樹が張り出して通れなくなっているし、自転車の走行車線かと思ったらどんどん狭くなって行ったり。道のあっちへ渡り、こっちへ渡りして歩けるスペースを辿る羽目に。
 何なんだこれは、自動車以外で移動するな、という事なんだろうか? 観光を収入源と考えているなら、歩道の整備をしてナンボだぞ、銚子よ。
 しばらく歩くと、銚子漁協の第二卸売市場に到着した。
 道路沿いのびっしりと車が停まっている前を歩く。ここも、歩道があるのやらないのやら、さっぱり分からない。
 道隔てて向かい側には、魚介を扱う土産物屋と食堂が並ぶ。休日の為か観光客も割といる。
 こっち側は、駐車場だから何もないなぁ、と思ったら、車の後ろで開いたサンマを干していた。海らしい風景ではあるのだが、車の真後ろで干していては、排気ガス臭くなりそうだ。
 少し進むと、市場に土産物屋があったので、入ってみる。
 生け簀には蛤、他に死んだものではアンコウ、ホウボウ、鯵、ヒラメ、カツオなどなど。マグロの切り身も売られていた。他の商品は加工品で、手作り感はなし、観光協会とかのロゴが入っていそうな感じ。
 もう少し進んで公園近くの信号を渡ったところで、鳥居を見かけた。
 ふむ、神社があるのかぁ。名前は川口神社……鳥居の向こうを見ると。

 ――階段長っ!

 随分上まで階段がある。
 これは登ると見晴らしが良いかも知れない。
 行ってみちゃれ、行ってみちゃれ。
 進路変更、階段へ。
 途中、ドッジボールないしは原爆をやっている子供らの脇を抜け、階段を登る。
 登る。
 登る。
 登る。
 登る。
 登り切って、振り向く。
 お、木々の間から海が見える。
 もう少し開けていると良かったが、これはこれで景色が良い。やはり登って良かった。
 ちなみに神社の境内の方は、社のすぐ前の両脇に松の木が生えており、狛犬が四体も設置されているという、何だかゴチャゴチャしたレイアウトだった。
 しかし海辺の神社というのは、津波などで流れないような高さに設置されているという話なのだが、もしもこの神社がその高さだとしたら――町のほとんどが危険区域になるなぁ。まあ、これは、その原則よりもむしろ「一番高いところを選んだ」とかかも知れない。
 少々ルートが狂ったが、方向は大体変わっていないので、ポートタワー方面へと歩く。
 途中、何やら大げさなレーダーの付いた建物を発見。
 なんじゃ、軍事基地か、と思って行ってみたら、銚子の合同庁舎だった。低層だからアンテナよりでっかく見えたのか、それともやはり普通より大きい海用のシステムだったのかは良く分からない。
 それから程なく、ポートタワーが見えて来た。
 やれやれ、結構距離があったなぁ。
 ん、近くに喫茶店があるなぁ。
 看板があるな、店名が?

『軽食・喫茶 花粉』

 ……うわぁ。

○数十年前、建設中の店の前
 建設中の店。外装がもう少しで出来上がる。
 大工達が天井近くの部分で手際良く仕事を続けているのを、夫と妻が幸せそうな顔で見上げている。夫と妻は新婚という程でもないが、年若く、心から愛し合っているのが分かる距離。
夫「やった、ついに自分の店が持てたぞ!」
妻「やったわね、あなた!」
 二人手を取り合いながら。
夫「店の名前は何にしようか?」
妻「可愛らしいのが良いわ。お花の名前なんてどうかしら? バラとか、コスモスとか」
夫「良いね、アジサイとかヒマワリとか」
妻「でしょ? それじゃ、コスモスで決まりね」
夫「っと、待てよ、その中で言えばアジサイだろう?」
妻「どうしてよ? コスモスの方がキレイじゃない」
夫「目がどうかしてるのかい? アジサイは、土のphで色が変わるんだ、こんな美しい花が他にあるかい?」
妻「コスモスと言ったら、今子供相手に急成長している企業と同じ名前なのよ? それにあやかったら、きっとボロもうけ間違いなしだわ」
夫「銚子は漁港だよ? うちの店でもアジをおかずに定食を出すかも知れない。その時に、アジサイで鯵を菜にしてご飯を食べました、なんてのはちょっと小粋な駄洒落じゃないかい」
妻「何よ、あなたは私の言う事を全部否定するのね! 一つぐらい、言う事を聞いてくれたって良いじゃない!」
夫「それはこっちの台詞だ!」
 二人睨み合って、それからふっと表情を弛める。
妻「喧嘩するなんて、おかしいわね」
夫「そうだね、ごめん」
 二人は改めて、店を見上げる。
妻「――花粉、なんて、どうかしら?」
夫「花粉?」
妻「ええ、蜜蜂が身体に付けて運んだり、風に運ばれたりする、花の愛のメッセージ。それが、この銚子の街中、いいえ、世界に広がって、みんなの心に新しい花をさかせる種になるように」
夫「まあ、ぶっちゃけその種は子種なんだけどね」
妻「もう! ひどいわ、折角良い思い付きだと思ったのに」
 妻、怒り顔、でも、目は笑っている形で、軽くポカポカと夫を叩く。
夫「ハハハ、ごめんよ、ごめんよ、ステキな良い名前だよ。みんなが覚えてくれるに違いないさ!」

 ……勝負に、負けましたな。お二人さん。

 ぐぐってみたら、やっぱりこの店に言及しているブログとかあった。
 そいう意味では、グッドジョブだったのかも知れない。

 気を取り直して、ポートタワーへ。と、銚子駅からここまで、約1時間ほどだった。うむ、やっぱりそれほど遠くはなかったな。
 ポートタワーはなんかガラス張りっぽい塔で、電波塔らしい。先の尖ったエッフェル塔型ではなく、寸胴でビルのようなツインタワー形。
 ふむ、塔の展望台の入場料が300円。
 無茶に高くはないし、塔には上っておけが、基本スタンスなので、入ろうとすると――お得な入場券のポスターが。
 何でも、ポートタワーと犬吠崎灯台と、地球の丸く見える丘展望館の入場料がまとめて500円だとか。
 犬吠埼灯台は行くつもりだけど、地球の丸く見える丘展望館は予定に入れてなかったなぁ。どっちがお得かなぁ、ここは職員の人に聞いてみよう。
「あー、チミ、犬吠埼灯台の入場料は幾らかな?」
「150円です。それからあなた、チョビ髭もないのに紳士の真似をするなんて、紳士同盟違反ですよ」(意訳)
 ポートタワーの入場券のみ購入。
 特にゲートももぎりもなく、エレベーターへ。
 ……完全なノーチェックだな、買わなくても入れるんじゃないか、これは? まあ、チョビ髭レス紳士としては、そういう事はしないけども。
 ありがちな壁の一面がガラス張りになっているエレベーターに乗り込み、展望台へ。
 展望台は。
 通路部分が何となく狭め。中央のエレベーターと階段のスペースが大きいのか、元々建物自体が小さいのか分からないが、何か狭い。ああ、大きめに売店が取ってあるからかも知れないけれど。
 下界を眺める。
 カラリと晴れた訳ではないが、見晴らしは良い。あまり高い印象がないが、実際どれぐらいなんだろう――チケットを確認する――57.7メートル、か。通天閣が103メートル、京都タワーが131メートル、横浜マリンタワーが106メートル、横浜ベイブリッジの見学歩道であるスカイタワーが60メートル。うむ、タワーとしては低い方だ。道理で。
 あー、灯台見えるな。あれが犬吠埼灯台か。そしてこっちは、と。風力発電の風車がいくつか。利根川の向こうだと茨城だけど、あの悪名高いつくば市の風車とは別物なので、ちゃんと回っている。
 海岸線が良く見えるのは確かだが、目新しい風景という感じがしない。上と下とで見え方が違う程に高い建物が他にないのだ。タワーの面白味は、周囲のビルを見下ろすところにあるんだなぁ。
 ポートタワーを降りた後、隣の土産物屋を少し覗いて、次は犬吠埼へ向かう事にする。

 犬吠埼へは、道を海沿いにこのまま南に進んで行くだけ。
 地図を見た感じでは、銚子からポートタワーとあまり変わらないぐらいの距離。
 やはり、列車に乗らないでも割とどうにかなったな。
 とんでもなく疲れたら、帰りにだけ乗っても良い訳だし。
 途中、土産物屋がぽつぽつとあり、「○○様御一行様」という看板を掲げていた。ツアーに組み込まれているらしい。
 魚介を土産に買うというのは、しかしどんなものだろう。土産物屋の店先に半日さらされた魚、持って帰るにせよクール便で送るにせよ、早くてせいぜい翌日の朝食だろう。だとしたら、自分の家のそばのスーパーか何かの魚の方が値段も鮮度も品質も上のような。
 言うのは野暮? 分かってやってる? そうか、そうかも知れないなぁ。
 人家が途切れ、また車道沿いのロクに歩道のない道を歩く。
 夜中に通ったら間違いなく跳ね飛ばされそうだ。
 海には岩が出っ張っており、波がぶつかっている。太平洋側の筈だが、波が随分と大きい気がする。
 進むうちに、砂浜が見えて来た。古びたシャワー室も設置してある海水浴場だった。
 非常に寂しげな風景だが、時期が時期なら露店とかが建ち並んで賑わう……のかなぁ。
 江ノ島や湘南のイメージとは多分違うだろうし。
 その割にはゴミがかなり落ちている海岸。
 漂着物の可能性も高いけれど。
 それから海水浴場の向かい側には、神社があった。
 これまた、割と高めな階段。10メートか20メートルかよく分からないが、3、4階ぐらいの高さはありそう。
 上ってみると、これもなかなか見晴らしがよい。
 足も少々疲れたので、鳥居の近くで暫し座って休む。
 伊勢大神宮という名前だが、別に大きくはない。ちっこい社があるだけ。
 海のギリギリにある神社がこの高さ、海の荒れ様が分かるというもの。鎌倉だか江ノ島だかの近くで見かけた神社は、2メートルも高さがなかったから、随分と違う。
 大分足が疲れて来てはいるが、歩けないという程でもないので、進む。
 そこのカーブを一つ曲がる、と。

 よし、見えた。
 遠くの岬に白い、いかにもな形をした灯台が。
 犬吠埼灯台だ!
 海岸が公園状になっているので、まずはトイレに行っておいて、それから灯台へ向けて歩く。
 海岸と公園は、一段差があり、波が公園に入って来る事はない。打ち寄せる波はかなり高く、浸食でもされているのか、海岸の砂浜は結構な急角度になっていた。
 灯台がようやく近付いて来る。
 そして灯台の上には――人がびっしりと。
 混んでるな、おい。
 岩肌が露出した岬に階段が付けられている部分を上った。
 上がったところには、灯台客を当て込んだ土産物屋と食い物屋が何軒か並んでおり、分かり易く観光スポットになっていた。車が傍若無人な感じに、歩道に乗り上げて駐車してある。こういうの見ていると、自動車で旅をするのは、さぞかし面倒な事だろうなぁ、と思う。子連れなら致し方ないけど。
 さて、まずは灯台の周りに遊歩道があったので、一回りしてみる。
 断崖になっていて、下の方で波が砕けている。具体的に言うと、岩場がギリギリで水に浸かっていて、波が来る度に白い泡が一面に立つ。
 この波の砕ける音が、犬の吠える声に聞こえた、というのが犬吠という地名の由来とも言われているそうだが、犬の声には聞こえない。何でもかんでも比喩にすれば良いってもんじゃない気がする。
 ちなみに、ウィキペディアの写真を見ると、犬吠埼灯台はひとけのない断崖にひっそりと佇んでいるブラックジャックの診療所風だが、少しカメラを動かすと、すぐに土産物屋が出て来る。スフィンクスと同類なので、騙されないように。
 灯台を改めて見たところ、見物客が減っていそうだったので、入る事にする。窓口で150円払って敷地内へ。
 ……ここも、しゃがんで入ればバレないタイプの、もぎりなしの素通し入り口。まあここの入場料は寄付、という名目が付いていたので、あんまりガッチリ取る気がないのかも知れないけど。
 中に入ると、灯台の他に、資料館が一つ、灯台の脇に資料室が一つ、それから、その他の恐らく観測の為の施設。
 まずは灯台に上る。
 階段が九十九里浜にちなんで、99段あるとか。
 上っていくと、20段目、40段目、という風に表示が階段の縦の部分に書いてある。つまり、降りる時には見えない。たかだか100段の階段、どうという事はないが、階段幅が狭いので、上から降りて来る人とすれ違うのが少々窮屈だった。
 ようやく99段登り切って頂上――ではなく、梯子並の急な鉄の階段が設置してあった……これは階段に入らないんですか?
 レンズの土台の脇を抜け、灯台の外周の通路へ。
 周囲広がる海。
 ポートタワーよりこっちの方が見晴らしが良いような。
 しかしここも階段同様に狭い。
 人が通る時には、こう、柵にぎゅっと寄っておかなければいけない。
 高所恐怖癖は人並み程度だが、これは足のすくむ思いがする。
 この状況で、団体がいたりして、動き辛い事この上ないので、早々に降りた。
 その後、資料室に入る。
 はー、この灯台レンガ造りなのか。今さらだけど。
 表面を加工されると、レンガかどうかなんて分からんよな。
 次は資料館。
 灯台のレンズが置かれていた。
 ガラスをギザギザにして拡大させるというフレネルレンズは、厚みがなくてもレンズの効果があるという事だが、これどっかで見た事あるような……そうか、読書用レンズだ。いや、ほら、自分が母親の誕生日にあげた事のある、あれよ(誰一人として分からない説明)。
 一通り見終え、犬吠埼灯台から出た。
 丁度16時、見学時間の終了と同じだった。タイミングは良かったな。

 と、いうところで、何やら足が痛くなって来た。
 結構な距離歩いて、疲れが出たらしい。
 まあ膝は平気なので、ここから銚子駅まで歩くぐらいはどうにかなると思うんだけど、どうするかなぁ。
 考えつつ、ひとまず犬吠駅方向へ歩く。
 と、道を一本ずらしたようで、犬吠駅の北の道に出ていた。
 犬吠駅の方へ歩くと、犬吠駅が見え――丁度、列車が来たところだった。一両編成の列車にみんなが乗り込んで――行っちゃいました。
 次の列車が来るのは、恐らく30分単位で先なので、まあいいや、と、歩く事に決定。
 観光地図を確認しながら、最短になりそうなルートを歩く。
 海岸沿いではなく、幾分内側を歩くと、直接銚子駅にたどり着けるのだ。
 ええと、寺のところに近道があるって書いてあるけど……あった、砂利道だけど、よく載ってたな、こんな道。
 歩いていると。
 紙切れが落ちていた。
 む?
 拾ってみる。
「弧廻手形」
 ありゃ。
 そして手書きで「19年3月21日当日限」とある。
 これはまた、扱いに困るものを。
 本日が終わればただの紙切れ、だけど今この時点で使おうとすると使える。交番に届けるのは大変に無意味だし、元の場所に置いておいても、ゴミのポイ捨てにしかならん。
 まあ、仕方ない。
 貰っておこう。
 貰っておくけれど、今さら犬吠駅に戻る気もないし、使用はしないけれど。何かの縁なのかねぇ、こういうのは。
 もう少し歩くと、砂利道から舗装道路へ来た。
 んー?
 地図となんか合わないぞ?
 地図の通りなら、こっち側に地球の丸く見える丘展望館がある筈なんだけど……ん、こっちか。
 おかしいな、だとしたら、自分が通ったのは……この地図に載ってない農道というか、本当の抜け道だったか。
 地球の丸く見える丘展望館の向こう側の道に行きたいんだけど……ダメだ、通り抜けが出来ない。
 一度外に出て、道を歩こう。
 こっちを曲がって進む、と、お?
 木々が開けて、眼前が開けた
 先へ続く道、遠くまで広がる平地、海、空、それから遠くで回る無数の風車。
 そういうものが、全部一緒に見えた。
 うむ、これは良い景色、ナイス景色、これは良い。
 見える事が約束された展望台よりも、進む道の先に不意にあった方が景色というのは素晴らしく見えるもの。
 足の痛さを暫し忘れた瞬間であった。

 その後、自動車道に入り込みそうなところをどうにか抜け出したり、ヤマサ醤油の煙突を眺めたりしてから、17:32発の列車に間に合う時間に銚子駅に戻った。銚子駅では、昼に見かけたユニフォームの人たちがまだいた。  で、駅についてのアンケートを渡された。帰りの列車で暇潰しにやってみたが、無効回答が必然的に発生するダメな作りで、もっとちゃんと作れよ、というような事を一応書いておいた。
 その後、列車が遅れたりしたが、無茶に遅れる事もなく、横浜で途中下車してリオで食事を済ませ、帰った。

<出費>
交通費 0円(青春18きっぷ換算の場合、1600円相当)
昼食 300円(おにぎり×3)
ポートタワー入場料 300円
犬吠埼灯台入場料 150円
夕食 950(ポークカレー550円 ビール400円)
駐輪場代 200円
計 1900円(3500円)



2007/3/10 『遠くへ行きたい……って訳でもないんだが 名物にうまいものなし伊勢うどん』
 バレンタインデーに、バイト先でいくつかチョコレートを貰ったので、ホワイトデーのお返しはどうするべなぁ、しかし普通に買って返すのも逆に気を遣わせたりする事もあるし、正直面白味に欠けるし、どうせなら何かのついでがあると良いなぁ、と、考えていた。
 まあ、どっか土産の伴う旅行というのが妥当な線なんだが、と、ぼんやり考えつつ、トイレに置きっぱなしのJAFメイトなんぞを眺めていると、伊勢神宮が目に付いた。
 ふむ、伊勢神宮。
 ――あ、春休みシーズンじゃないか。つことは、青春18きっぷが使える筈。
 検索してみると。
 「JR発足20周年・青春18きっぷ」なので、通常11,500円のところ、8,000円とのこと。
 これは運が良い。
 一応補足しておくと、青春18きっぷは、JRの在来線を丸一日乗り放題×5回分の切符である。5回分と言っても、5枚綴りではなくスタンプを1回づつ捺していくタイプで、複数人で同時に使うには少々制限が付く。それと、勘違いされがちだが、名前から連想されるような年齢制限はない。その代わり期間制限があり、いわゆる学校の長期休暇時期である春夏冬の時期にしか使えない。
 要するに、この前の京都行きで利用した鉄道の日記念の切符と性能的に同じである。

 さて、だとしたらどういうルートで行ったものか。

 調べてみると、伊勢神宮の最寄り駅は、伊勢市駅だそうな。
 JR東海のホームページの路線検索をしてみる。
 海老名から伊勢市まで……8時間、9時間。
 休みは8日と9日だから、伊勢で1泊するのが筋だとは思うのだが、9時間列車に乗った後に観光をするのは難儀な事であるし、帰りに9時間列車に乗った翌日にバイトに行くのもまた難儀な事である。
 まてよ、7日に出発したらどんなもんだろう?
 17時にバイトが上がりなので、それに合わせて、名古屋で一泊して疲れを取ってから伊勢市へ、と。
 海老名17:37発〜名古屋23:37着。
 あ、行ける。
 じゃあ、7、8日という事で。

 じゃ、部屋を予約しよう。
 この前も利用したじゃらんで、予約予約。
 駅にやたらと近い場所にある「シティホテル名古屋」じゃらんのシングルコースで5,500円に、ポイントがあったので100円分使用して、5,400円。平日(水曜)なので、ギリギリ(3月5日)だったが部屋に空きはあった。
 さて、それは良いのだが、切符はどうしよう。生憎本日(3月5日)は雨で、あんまり動きたくないんだけど……でもまあ明日にトラブルがあったら、どうしようもないし、行けるうちに行かなきゃならんわなぁ。と、バイト終了後に、厚木駅の近くにびゅうプラザへ。
 ――あ、16:00閉店?
 結局海老名のみどりの窓口に行く羽目になりましたとさ。

 そして当日。
 何だかんだで、バイトを少々早上がりして、荷物になる弁当箱は引き出しに放り込んでから、14:58発の相模線に乗り込む事に成功した。
 茅ヶ崎へ抜けて、買っておいた「点と線」なんぞを読みながら進む。ベタだね、ベタ過ぎるねぇ。別に狙った訳でもないんだけども。
 熱海で、少し待ち時間が出来たので、駅から外に出る。
 10分とかそんなレベルだけど、折角乗り降り自由なんだし(貧乏性)。
 そうだ熱海は、熱海秘宝館見物に来たっけなぁ。確か駅から出てすぐのところに秘宝館の看板が……ないな。
 大人の事情でもあったんだろうか。
 あ、そうだ、酒の1本も買っておこうか。
 のんびり座れる事もあるかも知れないし、1本持っておくぐらいなら、大した荷物にもならないしね。駅前のファミリーマートか何かに、少し急ぎ気味に向かって、氷結果汁のグレープフルーツを一本購入。
 ……それから浜松、豊橋、名古屋と進むうちに、のんびり座れる事はあったのだが。
 トイレが近くなると面倒なので、結局呑みませんでしたとさ。
 列車内にトイレがあったとしても、指定席じゃないと席を離れるのは難しいもので。普通列車の旅は新幹線とはやっぱり違う。

 名古屋に到着したのが20:20頃だった。
 さて、割と最近にも飲み会で来た事のある名古屋、やっぱり見慣れた感じがある。
 通算で、名古屋で降りたのは4回目という事になるか。
 食事をどこかでしようかとも思ったのだが、賑わった居酒屋に独りで入るというのは、これで居心地が悪いもの。折角カプセルホテルではないホテルを取っている事だし、部屋の中で食べよう、と、コンビニで弁当とおにぎりと缶ビールを少々多めに買い込み、ホテルへ。
 シティホテル名古屋……ええと――プリントアウトした地図と見比べつつ歩く――あ、「ビストロ教会」だ。ここで、先月来た時に呑んだなよなー。イグアナの入ったカクテルとか、洒落じゃなく辛い外れ付きたこ焼き(ロシアンたこ焼き)とかあったな。この前も思ったけど、隣りのホテルは悪い意味で古びてるなぁ、どこの街でもたまにあるけど、こういうのは一体どんな人が泊まるのかなぁ。どれどれホテルの名前は「シティホテル名古屋」。
 ――自分の泊まるホテルでした。

 本日満室の札が下がった、開き戸型の自動ドアを通ると、ロビーと言うのは狭い場所に、すぐ受付のカウンターがあり、「門限は1時半」とか書いてある。
 まあ……なんつーか、ネットで見ただけでは分からんものってあるよね(じゃらんのHPに乗っていた写真は、ロビーとか、一番小綺麗な場所のみ)。
 ちなみに、JTBとかで頼んでも、写真しか見れないのは一緒なので、IT社会の弊害とか持ち出すような真似はしない。
 カウンターの、年の頃は50がらみの男性職員に声をかける。
「あー、キミ、予約をしていた者だがね」(予約確認をプリントアウトしたものを見せながら)
「じゃらん予約のお客様ですね」
 宿帳を書き、料金を前金で支払うと、鍵を渡された。

 鍵を。

 20センチはあろうかという直方体の長い物体の付いた、鍵を。

 旅館鍵だ! 久し振りに見たな、旅館鍵だよ。ビジネスホテルで見るとは思わなんだ(新しいビジネスホテルだと、カードキーだったりするし、少なくともこんなにでかいキーホルダーは付いていない)。
「朝食はそちらですので」
 指さされた場所には、椅子とテーブルが置かれたスペースがあった。特に仕切りがあるという訳でもなく、仕切ろうという意図もなさそうな形。
「お部屋は後ろのエレベーターからどうぞ」
 カウンターの真向かい(歩いて2歩ぐらい)の場所にあるエレベーターに乗る。
 3階か。
 エレベーターが停まったので、出ると。

 天井低っ!!

 自分の身長は170cmぐらいだが、それがひょいと手を上げると天井をべったり触れるぐらい低い。
 それに合わせたように、ドアも小さい。
 頭ギリギリの高さ。
 気を取り直して部屋の鍵を開ける。
 かしゃん、と音がして鍵が外れ、鍵を抜いてからドアを開く。
 ……はい、お分かりの通り、オートロックではありません。「ちょっと全裸で廊下に出たら、オートロックで閉め出される」というネタが使えない、芸人殺し構造であります。
 中に入ると。
 部屋の中は天井は低くはなかった。
 左手にバスルームのドア、ちょっと入った右手壁には壁掛けの姿見鏡、奥に入ると入り口と直角の配置でベッド(頭は左側向きになるので、入り口ドアからは見えない)、一番奥の窓際にはベッドを椅子にすると机として使えるカウンター。テレビやポットも同じカウンターに置かれている。
 他に、バスルームは、一般的なユニットバス。ウォシュレットと、洗面台と、風呂はユニットにしては深め。
 何はともあれ腹が減ったので、晩飯晩飯。
 件のカウンターをテーブル代わりにするには、ちょっと高さが足りないので、枕を椅子代わりにして腰掛ける。中に芯が入ったタイプのようで、座るのに丁度良い高さ。
 お茶用の湯呑みに缶ビールを注ぎ、まずは一杯。
 ふー。
 弁当を開き、おかずのカツやらハンバーグやらを肴にビールを呑む。
 後は喰うべし、喰うべし。
 野菜少ないなしかし。コロッケの中のジャガイモだけだな、これ。
 後は、おにぎり。
 まずは明太子。
 む、これは、思った以上に辛い。こんな辛いもんだっけなぁ。
 次に、辛子高菜。本当辛いわ。
 焼きたらこ。口の中が辛いので、あんまし味が分からなかった。
 食事を終え、人心地付いたので、テレビをぼんやりと眺める。

 あー、このテレビ液晶なんだな。
 わざわざ手間かけて導入したんだろうけど、古い液晶なもんだから、寝転がると暗くなって見えないや。
 ……いや、待てよ。液晶テレビなんてぇものは――やっぱり、首に関節が入っていて画面が下を向く。それに、回転台に載っているではないか。むむ、これなら、寝ていても起きていても画面が見える。ブラウン管テレビだと、カウンターの上に置いておくにはかさがありすぎるし、上下向けられないから同じ芸当は無理だ。
 ひょっとして、それを踏まえて敢えて、当時としては高価な液晶テレビを導入した?
 よく考えてみれば、姿見の位置も出入り口近くではなく、きちんと室内灯の光が受けられる場所にあるし、寝間着も浴衣タイプではなく服の合わせをヒモで縛るタイプで着崩れし難い。電気ポットに水をくもうとした時も、洗面台が丁度ポットの深さぐらいあって、きちんとくめた。翌朝、無料サービスの朝食を食べに行っても、エレベーターの出口ですぐさま案内され、迷う事もない。
 心配りだ!
 ビジネスホテルなのに、心配りがあるぞ、ここ? ビジネスホテルなんていうのは、寝られりゃ良い、てなもんで、一通りのものは「揃っている」事が重要なだけで、それらが快適に使えるかどうかなんてぇ事には注意なんて払われないのに。
 ――考えてみれば、建物が古いというマイナスを抱えながら、今の今まで商売を続けていられるのだから、何らかの長所があるに決まっているのだった。
 うーむ、違いというのはあるものだなぁ、なんてことを、ゆで卵とバタ付きのトーストという名古屋的な無料朝食を食べながら思った次第。

 さて、出発前にシャワーも浴びて身支度を整えていたのだが。
 足の小指の爪の端が、靴下に引っかかる。
 自分の小指の爪は、端っこが縦に割れて靴下に引っかかる事が多い。これを放置して靴下を穿くと、その割れた爪が、引っぺがされる方向に力が入ってしまって、かなり不快なのだ。
 いつもはそういう事態に陥る前に、爪切りで切って出っぱりをなくしてしまうのだが。
 ……爪切りがない。
 手でむしって取ってしまえないかなぁと試してみたが、血が滲んで来る始末。
 仕方がない。
 爪切りを買おう。
 かつて献血センターで貰った応急処置セットの中にあったバンドエイドを貼って、靴下や靴は履ける状態にし、コンビニへ。
 やれやれ、無駄に爪切りを買ってしまった。
 道理で、トラベルセットやサバイバルナイフの中に爪切りがある訳だ。今度から、旅行時には持ち歩く事にしないといかんなぁ。
 まあ足元に憂いがあっては観光も楽しめないから、今の最善だったと思おう。

 チェックアウトして、9:30発の「快速 みえ1号」に合わせて名古屋駅へ。
 9時過ぎで少し早かったが、ホームに行ってみると。
 何だか、結構な人。
 確かにこの快速、1時間に1本しかないし(別の列車だと、1時間余分にかかる)、あまつさえ2両編成だ。乗客が多いのも仕方ないかも知れない。
 さあ、やって来たやって来た、ディーゼル車両。
 何とか座席を確保し、安心していると。
「この列車は、よその会社の線路を通るから、青春18きっぷとかケチな切符だと、追加料金490円を出して貰うぜ、勿論返せなんて言っても全く受け容れないぜ、そこんとこ324929!」(意訳)
 なに?
 ……JR東海の検索では、そんな事一言も書いてなかったじゃんかよー。
 むぅ、とはいえ、元々こいつを当てにしていたので、今さら普通列車に乗ったんじゃ伊勢神宮での滞在時間が限りなく少なくなってしまう。
 そんな訳で、980円を余分に払う決意をしたのだが。
 青春18きっぷの1回分はほら、1,600円相当な訳よ。
 それと比べるとどうにもこうにも損をした気分が大きいんだよねぇ……。

 外をぼんやり眺めながら進む。
 ほぅ、これが日本一短い名前の駅、津か。
 四日市ねぇ、名前だけ聞いた事あるけど。
 鈴鹿ってのもこの並びなんだねぇ。
 等々。
 進むこと2時間、ようやく伊勢市駅に到着した。
 伊勢市駅から外に出ると。
 なんだ?
 やけに寂れた感じが。
 全然店がない、ぞ?
 日本有数の神宮ですよ?
 伊勢神宮(正式にはただの神宮)に到達したので境内の案内図を見る。
 伊勢神宮には外宮と内宮があり、ここは外宮である、と。
 しかし、どちらであれ、この寂れ方はあんまりな気がするんだけど。
 ともかく、中を見物する。
 所々の道に立入禁止の綱が張られている。
 客はまばら。
 流石に由緒正しい神社だけあり、直径1メートルとか2メートルとかのレベルの巨大な木がぼつぼつ見られる。
 何となく道なりに進んで行くと、あちこちに宮があり、そしてどん詰まりに正宮があった。隣には、遷宮(伊勢神宮は、20年に一度建て替えられるのだそう)予定地が用意されており、まだ真っさらな状態だった。
 正宮は、門から入ってすぐにところに賽銭箱が用意してあるが、それより先には入れず、遠目で見られるだけ。大きいお宮の形で、屋根の上に出っ張っている木の部分(鰹木とか千木とか言うらしい)が金ぴか(多分黄銅鉱)のカバーがかぶせてある。でも、インパクトとしては、出雲大社の冗談のような高足建築の方が上。
 その後、道なりに何となく進んでいたら、出口が見えて来た。なるほど、立入禁止のロープがあっちこっちにあったのはこのせいか。なかなか良い導線。ナイス導線。
 出口間近だったのだが、ふと見ると。というより嗅ぐと、何か妙な臭いが。
 んー?
 建物があって、そこに見えるは――馬のケツ。作り物のようにまっ白だ。
 ってつまり、神事に使う白馬だ!
 丁度、移動する時だったらしく、背中に布をかけて、馬が出て行く。
 何となく追跡する。
 馬自体は見たことがない訳でもないが、白いのは珍しい。
 うむ、むま。

 一通り見終えて、伊勢神宮の外宮から出た。
 さて。
 内宮に行くとすると、バスかなぁ。
 明らさまにバス乗り場とかあるし……。
 運賃はどれぐらいだろう?
 片道……410円。
 高いよ、高いよ、トニー! トニー、助けて! よおし、待ってろ、金はないけど心配するな、見ろよ青い空白い雲、視線を逸らさせ財布抜く〜。
 バスは諦めて、と。
 観光協会があったので、観光地図を入手した。確認してみると、内宮への距離は4、5キロある。
 歩いたら、行って帰って2時間ぐらい。体力的な問題はさほどないのだが、時間がまずい。
 今日中に帰るには、伊勢市駅を16:04に出発しなければならないのだ。
 確か駅にレンタルサイクルあったなぁ。
 あれ借りるか。
 なんか、400円とか書いてあった気もするし。
 じゃ、先に腹ごしらえでもしてから、自転車借りに行こう。と、歩いて伊勢市駅に戻る。
 来た道から1つ入った通りを歩くと、少しは食堂や土産物屋があった。
 あった、が。
 やっぱり店数は少ないし、食堂の食品サンプルも酷い有様。ビール瓶のラベルは退色してまっ白になってるし、カレーのサンプルはカビでも生えたのか真っ黒。これを見て食欲の湧く人は、自分の本能的な部分を少し鍛え直した方が良い。人間、食べられるかどうかは、まずは目で判断しなければならないのであるからして。
 結局、駅が見えるところまで戻って来てしまった。
 で、ふと見ると庄やが。ランチメニューあり。
 どこにでもある居酒屋というのはどんなものかとは思いつつも、他にマシな店もなさそうだし、なんと言っても勝手が分かっているので、入る。
 メニューを見ると、伊勢ならでは、みたいな分類のランチメニューが2つ。
 その中の、てこね寿司と伊勢うどんのセットと、生ビールを、喜び組こと店員に頼んでみる。
 生ビールをまずは一口。ふぅとひと息。
 のんびりビールを呑むうちに、セットがやって来た。
 伊勢うどんというのは、さっきからチラチラのぼりを見かけた気がしたけれど、どんな特徴があるのかなぁ。とはいえ、大阪がうどんうどん言っても結構普通のうどんだったりするし、まあ普通に喰えるものなら――。

 太っ!!

 底にタレが溜まっていて、上にうどんが盛ってあるのだが、そのうどんがやけに太い。

 箸で持ち上げてみる。

 ぶつっ。

 切れた!

 一口すすってみる。

 ずぼぞぼぞぼぼぞ。

 なんだこの食感。
 つか、つまり、その、なんだ。

 伸びきってる。

 凄いよ、凄いよ、これは間違えないよ、地球の裏側で出されても「むむっ、これは伊勢うどん!」とか、額にニュータイプ的なキラリン効果を出しながら気づくよ、間違いなく名物だよ、印象に残るよ。

 ……まずいけど。

 いやー、離乳食のようだ。コシも歯ごたえもない。
 念のため後で調べてみたけれど、庄やの調理法が悪いのではなく、間違いなくそういうものだった。
 テレビのグルメ番組に出たら「うどんの概念を覆した」とか「慣れるとクセになる」とか「個性的」とか「新境地開拓」とか、様々な婉曲表現が並べ立てられそうだ。
 てこね寿司の方は、ヅケカツオをちらした寿司で、漁師が素手でかき混ぜたのが由来だとか何とか。これは酢が強めで、あんまりうまくなかった。伊勢うどんの方が、潔くまずくて良い。

 腹ごしらえは済んだので、駅にめり込んでいるレンタルサイクル屋へ。
 ガラス戸の閉まっている、あんまし商売好きじゃなさそうな態勢のところに、窓越しに声をかける。
「自転車借りたいんですけど」
「何時間ですか」
 ……何時間?
 ひょっとして、時間で金違う?
 改めて壁に書かれていた値段を見ると、400円というのは、手荷物預かりの値段だった。自転車の方は、初乗り2時間まで410円、以降210円づつ加算だった。
 バスよりは安上がりだけど、結構高いじゃん……。
 とはいえ、ここで断ったとして、他の足があまりなさそうだし、自転車に乗る事自体が結構好きだしで、諦めてここの自転車を利用する事にする。
 3時間で620円。
 気を取り直して出発――の前に、サドルの高さを調整し直して、改めて出発。

 自転車で街の中を走ると。
 特段に変わった事もない。
 普通に人家がある。そして、赤福の看板もあらゆる電柱にある。凄いな、赤福だらけだ。
 少し進むと、レンガ張りの歩道になる。
 でこぼこして走り難い。そもそもこの自転車、重量があるんだか、地面の凹凸の衝撃が大きいんだよな。
 とはいえ、自転車のスピード感と、エネルギー効率はやっぱり心地よい。
 つらつらと2、30分走るうちに猿田彦神社が見えて来て、そこを曲がって少し進むと――おお、内宮に到着。
 駐車場や駐輪場があり、観光バスも停まっている。なるほど、人はこっちにいたのか。
 人で一杯という程ではないが、普通に営業しているスーパーぐらいの人口密度。
 内宮の境内に入り、砂利敷きの道を歩く。
 五十鈴川の手洗い場があったので、少し降りてみるが、水に泡が浮かんでたりして綺麗ではないので、触るのは止めにする。
 やはりこちらの境内も、太い木がどっかどっか立っている。あまりでかくて参拝客がついつい触ってしまうのか、手の届く高さの樹皮がはげてしまっているのが印象的である。
 途中の道で、次の遷宮の時の材料にでもするのか、それとも全く関係ない何かなのか、伐られた木が加工されつつあった。伐ってすぐだったのか、杉の香りがしていた。
 それから階段を一つ上って、正宮に到着。外宮と同じ感じで、入り口まででおしまい。も一つサービス精神がないような。
 こっちも隣りに遷宮予定地が用意されていたが、数年先の事なので、まだ何もそれらしいものはなし、ただの更地だった。縁があったら、これ立て替え中のところを見てみたい気もするなぁ。

 内宮も、迷う事のない導線で一回りして、外に出た。
 すぐそこに、おはらい町通りという、門前町というか、土産物屋街が出来ているんだな。
 こっちはきちんと賑やか。まあ川崎大師とか、とげ抜き地蔵とか、成田山新勝寺とか、そういう首都圏のでっかいところと比べると、少々見劣りするが、人口とか交通の便とかあるから仕方ない。
 土産物を求めて店を眺めて回る。
 この通り一本だけに全ての店が集中しているので、見ることは容易い。
 ふむ、海産物を扱う店がちらほら。それから、真珠も。見えないので全然気にしてなかったが、海沿いだもんねぇ。
 他に、やけに人が集まっているのが、赤福本店。時期的にぜんざいをやっている様子。
 ……しかし、どうしてあれがあんなに人気があるのか、未だによく分からん。味は悪くはないけれど、日持ちしないし、分けて食べ難いし、職場へのお土産にはかなり無理がある代物なんだけどなぁ。
 まあこっちの印象はともかく、赤福の実力は高いらしく、一角に赤福経営の「おかげ横町」という区画が出来ており、ちょっとしたテーマパーク風に駄菓子屋やらキセル煙草屋やら、江戸時代のおかげ参りに因んだ企画っぽい店がいくつか詰まっていた。
 あれこれ見る中で、10センチ四方といういかにもホワイトデー的な箱の小さい土産物の菓子を見つけたので購入した。
 14時頃になり、大体見るものも見たし、買うものも買ったので、伊勢市駅に帰る事にした。今からなら、15時発の快速みえに間に合いそうだし。
 時間にそこそこ余裕があるので、帰り道に猿田彦神社に寄る。大々的に看板が出ている割には、敷地は小さい。でも、なんか儲かってそうな雰囲気がある。
 それから、来た時と違うルートを走と、近鉄五十鈴川駅があった。案内地図では、おはらい通りから徒歩20分という事になっていたけど、結局ここまで列車で来たらいくらだったんだろう? ちょっと駅に入って運賃表を覗いてみる。
 ……片道160円。
 いや、自転車は快適だなぁ。電車より300円ぐらい価値があるよ、HAHAHA!
 気を取り直して再び走り、伊勢市駅に到着したのは14:40ぐらいだった。
 その後は、土産物屋とか、観光スポットとかに乏しい駅周辺を歩く気にもならず、座って帰りたくもあったので、少し早いがホームで待つ事にした。まあ結局は、大して乗る人も多くはなかったのだが。自分は終電間近だけど、普通はもっと余裕持って来てる筈だし(新幹線や特急を使えば、20:17発で海老名に帰られる)。

 列車に揺られて名古屋駅に戻って来たのは16時半過ぎ。
 のんびりする程には時間がないので、ここは余裕を持って帰りましょう。
 丁度良い時間に来ていた豊橋行きの新快速に乗り込んだ。
 名古屋から豊橋、豊橋から浜松。
 浜松で乗り換えようとしたのだが、向かい側のホームに停まっている列車は「普通」としか書いておらず、案内表示を探してちょっと戸惑っていたら乗り損じてしまった。
 今の列車が18:10で、次の列車が18:24だけど、そこそこ時間があるから、そこな立ち食い蕎麦屋で晩飯でも食べるか、と、思ったら、財布の中に5000円札しかなく、券売機を通らない。
 うむ……時間には1時間ほど余裕がある訳だから、ここで本格的に晩飯にしよう。それに、浜松は漫画「苺ましまろ」の舞台でもある事だし(関係ない)。
 駅から出ると、鰻の看板がいくつかあったが、そういう店には入る金も時間も習慣もないので、入る金と時間と習慣のあるすき屋に入る。
 頼んだのは葱玉豚丼大盛り。旅の最中は、何となく満腹度の減少が早い気がする。ストレスでも感じているのか、列車の中で疲れるのか、それとも見えないハラペコの指輪が指にはめられているのか。
 ザクザクと食べてから、駅へ。
 18:24発に間に合う道理もなく、その次の御殿場行きに乗る。
 熱海までもう少しのところで、何か変な方へ曲がって行ってしまうという、マゾヒストの人にはたまらない寸止めプレイの列車である。
 東海道本線は熱海まで行って欲しい、是非行って欲しい、三島とかを終点に据えるのは止めて欲しい。残り1駅、2駅を待たされる身にもなってくれと言いたい。
 御殿場まで、ガタゴトと列車に揺られていたが、何だかトイレに行きたくなってしまい、金谷で途中下車、更にもう一本遅くなった。
 まあ、まだ時間がある。つーか、時間に余裕を持たせておいて良かった。
 それから、三島でやっぱり待たされてから熱海、茅ヶ崎へ。茅ヶ崎で20分ばかし相模線を待たされた後に、23時半近くになって、海老名に無事到着した。
 駐輪料金は300円、約32時間ぐらいって事になるかな。

<出費>
JR20周年記念 青春18きっぷ 8000
氷結果汁グレープフルーツ 148
とんかつミックス弁当 595
おにぎり 315
一番搾り 270
シティホテル名古屋宿泊料 5400
爪切り 368
伊勢鉄道線分運賃 980
手こね寿司と伊勢うどんセット 850
生中 420
レンタル自転車(3時間) 620
土産 1700
ネギ玉豚丼大盛り 500
駐輪場 300
計 20466




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