思い立ったが随筆
日々思う由無事を書き連ねています。
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2008/2/13 『遠くへ行きたい……って訳でもないんだが――高尾山トリックアート美術館』
コバルトのベスト・ショートショートの賞金は、結局2本掲載の通りに2万円だった。良かった良かった。
テレビ(多分、志村どうぶつ園)を視ていたら、トリックアート美術館の紹介をしていた。
トリックアートとか、平衡感覚が狂う公園とか、そういう「おおっ!」という感じが味わえるところは、行ってみたくなるのが人情というものである。
場所も高尾山で、八王子からすぐだから、さほど遠くもない。というより、近いと言って良い。
よっしゃ、今月はここで決まりだ――と。
いったところで。
ぐーぐるまっぷを眺める。
んー。
んー。
んー。
(測っている)
んー。
――行けそうだな。
うちの自転車「ぽす太(仮)」さん、で。
ちなみにカメラは「μ770sw」なので「ななおみゅう」さん、でほぼ確定。オリンポス山の出身。
――無生物に名前を付けるのは、別れが辛くなるから適度に控えましょう(理由のとこが何となくおかしい)。
距離的には、宮ヶ瀬よりも遠そうなのだが、凹凸が少ないから負担は少なかろう、という目論見で出発を考えていたのだが、予定日の二日ばかし前。
雪が。
うわぁ、雪か。
雪かよ!
時期的にそんな気もしなくはなかったが。
当方、大学時代に札幌で過ごしているので、雪の怖さはそこそこ把握している。
雪は滑る。
すごい滑る。
ナウく言うなら、チョー滑りば(超滑りばす、やばせばびです、の略。藍川県辺りの女子高生の間ではジョーシキ)。
これはダメかなぁ、と考えつつ。
前日、バイトに行きがてら道を見ると、路面も乾いて来て、雪もなくなっていた。
これなら……どうにかなる、かな。
そして当日。
家がリフォーム工事をしている関係で水回りの使用に制限があり早く起きる必要があったため、特に意図した訳が早めに起きる事に。
何だかんだで9時過ぎの出発となった。
ルートとしては、246から129へ行き、後は道なりでどうにかなる筈。
――だったのだが。
走れども走れども、よく分からない。
129を走っていたつもりが、全然別の道路番号になっている。
恐らく県道か何かだと思うのだが、プリントアウトしたぐーぐるまっぷでは、カケラも触れられていない。
……ちゃんとしたロードマップを買えという話なのだが。
その後、何となく方向を北に取り、ナンバーのついた道をともかく進んでいると、何となくまた予定していたルートに戻って来た。と、こういう風に、どーにかなってしまう事が多いので、わざわざ地図を買って持ち運ぶ気になれんのよねぇ。
ネットに繋がるモバイルは欲しい気がしなくはないが、持ち運ぶ荷物が増えるのは避けたいし。
今回、体力の低下を防ぐ為に、飴を持って来ていたので、タイミングを見計らってはかじりつつ進む。札幌で遠乗りをした時もこれやっているのといないのとで全然違うというのを実感していたのだが、宮ヶ瀬の時はやり忘れていた。宮ヶ瀬は、少々甘く見過ぎた。
そうこうするうちに、橋本辺りまで辿り着いた。東急デパートでトイレを使い、再び出発。
えーと、八王子まで来たら、後は高尾山方面へ進むんだよなー。
線路と交差する場所がある筈だけど――。
おおっ、あれは!
コスモスの自販機じゃないか!
何一つ関係ないね、ちょっと懐かしいだけだね。そして地元の人にしてみれば、珍しくも何ともないただのゴミ的な何かだよね。
それからもうしばらく進み、12時30分近くになった頃に高架の線路が見えて来た。
おっ、きちんと高尾線と書かれてる。これは分かり易い。
んでは、西へ進むのだな。
方向転換、一路高尾山へ。
……は、いいんだが。
路面、凍ってます。
歩道、氷あります。
マジですか。
向かい側の歩道の日の当たっているところは融けているけれど。
標高が多少違うのか、陸地の奥の方だからか、氷だよ。融け残りの雪氷だよ。困ったものだ。
転倒なんてのは、行程が長かろうが短かろうが、一回するだけで鬱になるもの。
とはいえ、この先の道がずっと氷ばかりという程でもなさそうなので、そろりそろりと進む。
線路の下をくぐり、その先にガソリンスタンドが見えて来た。
おっ、駅が見る。
つことは、この辺が――あー、いや。
よく見れば、ガソリンスタンドとトリックアート美術館がくっついていた。
おお、高尾山トリックアート美術館!
エジプトっぽいデザインの建物で、外壁には人の絵や、受付の人の絵が描かれていて、まるで本物と錯覚する……よ、う……な……。
いや、それはないな。
どう見ても絵だ。
外壁だからか、雨風に曝されくすんだ感じ。立体感のなさが分かってしまう。
中に入ったらもう少しマシなんだろうな。
一抹の不安を感じつつも、まずは。
駐輪場を探そう。
田舎には本当、駐輪場がないよね!
駅前にすらない。
なんだ「オラが村では、自転車は休ませねえ掟だ!」(注:八王子市は東京都です)とかなんとか、そんなんか。
駅前に来てみるが、だだっ広い有料駐車場があったり、健康ランドふろッぴィの送迎バスがあったり、駅に何故かピザ系の食堂がくっついていたりしたが、自転車置き場はなし。
何だかなぁ。
仕方がないので、トリックアート美術館の脇に路駐した。
さて、入り口から入る、と。
いわゆるチケットを販売する自販機とかブースとかではなく、普通に受け付け的なカウンターで、チケットを買う。
ネットの割引券を使って、200円引きの1,100円。
チケットと、ドリンクサービス用のコインと、紙で作られたスプーンのようなものと、館内図を受け取っていると。
「お客様、カメラはお持ちですか?」
と尋ねられた。
え?
撮影禁止か?
カメラ預けたりさせられる?
思いつつも、
「はあ、持ってますが」
「館内は撮影出来ますので、いっぱい撮って下さい」
――って、むしろ逆か。しかし、わざわざ言うか。
驚かさないで欲しい。
「最初に、見方の案内をさせていただきます」
との事で、他の客とまとまって、案内役のお姉さんに連れられて中に入った。
中は、やはりエジプトっぽい絵やオブジェ類でまとめられている。
そして、神像の絵を例にして、トリックアートの見方の説明をされた。
近くに寄って見る時には、先程の紙スプーンで片目を押さえると、それっぽく見えるとの事。要するに、両目の立体視をされると平面はあくまで平面にしか見えない、というような事なのだろう。だがこちとら斜視があるので、両眼視がそもそも上手く出来ていない。ので、あまり気にしなくても良い。
それからもう一点、神像の前を一定距離で歩いて横切ってみろという。
言われるままにやってみると、何となく顔がこっちを向き続けているように――見えなくもない。ふむ、これはちょっと不思議な感じだ。
「それでは、順路をご案内します」
さて、ここまで来て、迷っている。
実際にどこまで書いたものか、という事で。
トリックアートは「あっ、これはこういうものなのか!」と、ハッとするのが面白い、要するにクイズが解ける面白さだ。
しかし、文章で例えば「坂を上ってるかと思ったら下ってたよ!」とか書いても、面白くない上に、実際に見に行った時の面白味が半減してしまう。
つことで。
サウンドオンリー、的な処理でお届けします。
「ふむ、あ、これは。なるほど初っ端から。なかなか、うむ」
「で、これは……うーん、そう見えなくもないが、これは絵丸出しだなぁ」
「え? これを? ってそこまで言われりゃ絵だって分かるって。でも、分かって見てもそれっぽいな。うん、こっちから見てもリアル感ある」
「どう言っても普通に絵だな。部屋全体として見ると面白いけど」
「んっ、おおっ、驚いた。ぽっかり抜けてる。こりゃ面白い、ちょっと意表衝かれた。トリックアートかどうかはアレだが」
「ふうむ、こういうタイプの絵は、やっぱりあんまり説得力ないな。二人とか三人とかで良い感じに記念撮影を撮る為のものなんだろう」
「あ、いいな、これは。おおおおおおおおおおお、あははははははは」
「さてこれ――あ、あれ? なんだ、ちがうのか。とするとどこだ? それらしいとこあったっけ?」
「これか。うわー、一ひねりあったなぁ」
「広々して良い空間だな。ふむふむ? OK、えーと、これと、これとそれ……だけど、どうだ? え? あーー、でも、これは分からんなぁ」
「定番だけど、これはイマイチだな。妙な作り物っぽさが」
「あっ、面白い。一目でネタバレしたけど、なんか面白いぞ。ネタバレ後に見ても、全然違和感ないもんな」
「ほー、それしかないのか。見えるもんだなぁ。こっちは――おおっ、歪められてる感じだ。で……おお、のぼってるのぼってる」
「ぬおっ? なんだこの絵? 他と全然違うぞ。え? なに? あれを? やったけど一体――ぶおっ! うわっ、すげっ! さっぱり分からんかった!」
「んー、よく見りゃ分かる。作りたての頃は騙せたんだろうけどねぇ」
「おっ、これはリアル。うん、分かってもそう見える」
「この辺は別に、トリックアートというか、知ってるの多いしさほど面白くはないな」
「あ、これで全部……じゃないのか。気が抜けないな」
一通り見終えてから外に出た。貰ったコインを使い、専用自販機カフェオレを買い、小綺麗なテラスでひと休みしてから帰途についた。
途中、バーミヤンで青菜とベーコンの炒め物を食べた。前述の通り、水回りが工事中できちんとした食事がとりにくい為、野菜類を重点的にとろうとした結果である。
その後、帰り道を国道・県道沿いに進んだ。工業団地辺りで歩道がなくなり、またややこしい動きを強いられたりしつつも家に帰り着いた。
さほど疲労感はなかったな。
<出費>
入場料:1,100円(トリックアート美術館)
食費:776円(青菜炒め514円 + ライスセット262円)
計:1,876円
2008/2/3 『まだマシなテロという幻想』
ヤフーニュースを見たところ、イラクで知的障害者に爆弾を運ばせ退避させずに爆発させる、というタイプの爆弾テロが行われた、との事。自覚があれば自爆テロの一言なんだが、少々言い難い。
流石にコメントをしているブログも多い。
「テロの道具に知的障害者を使うとは、人間として最低の行為だ」
ふむふむ――ん?
まず一つ。
本当に知的障害者であったのか、という点。
確かに事実であれば、ある程度人権意識の根付いた社会であれば(注:根付いていないと、弱者切り捨て的な論理が横行する可能性はある)、激しい批判が起こる。テロリストに対抗するイラク軍側にしてみると、テロリストの評判が著しく下がるその状況はむしろ好ましい。
イラク軍にとって大変好ましい情報が、イラク軍から発表された。ここに、一片の情報操作の可能性もないのか。
そもそも、知的障害と言っても、ある程度の仕事は出来る人間から、会話すら困難な者まで様々だろう。
或いは、何一つ騙されている部分はなく、自分が行う事を全て知った上で「攻撃」を行った、のだとしたら?
憶測。無論、憶測である。が、しかし、我々は彼女らの事を「知的障害者の女性」というたった一文でしか把握していない。市場へ何をしに行こうとしていたのかを知らない。
イラク軍が発表した、断片というにもあまりに小さすぎる断片しか知らない。なのに、
――何も知らないうら若いそこそこ美しい知性はないが澄んだ目をした女性に、髭面の目つきの鋭い男たちが白い布で包んだ爆弾を腹に括り付ける。そして、上着を着せた後、これから行う事をもう一度、優しい口調で繰り返す。
「いいかい? これから、市場へ行くんだ。そして、パンを買って来るんだ、いいね? 市場の真ん中辺りに店はある。前に行った事があるだろう?」
「うん」
「ほかに何か欲しいパンがあったら、何を買っても良いよ」
「えっ、ほんとう?」
「ああ、本当だとも。但し、そのお腹のお守りは、絶対に外したらいけないよ」
「でも……おもいよ」
「そのお守りは本当に大事なもので、身体から離したらひどくぶたれるぞ。ぶたれたいか?」
「う、ううん、ぶたれるの、きらい」
「よーし、良い子だ。じゃあ、行って来い。慌てて転ぶといけないから、ゆっくりな」
「はい、いってきまーす」
――と、まあ、あまりにはっきりとしたイメージが出来上がり過ぎていないか。
そしてもう一つ。
じゃあ「自分の意思で爆発している連中の方がマシなのか?」という事。
言い方を変えようか?
もしも、アタッシュケースを抱えて自爆して、あなたの息子なり親兄弟なり親友なりあなた自身なり、大事にしている何かもろとも、人間を一万人ばかし殺したテロリストがいたとして。
どっちが「許せる」?
知的障害だろうが自動車爆弾だろうが、無差別テロという事が悪なのだ。手段は結果を左右しない。
罪もない人を殺すのは悪だが、死刑になる程の罪でなければ罪のある人を殺す事だって悪だ。子供を殺すのは悪だけど、老人を殺すのは悪ではないか? 知的障害者をテロの道具にするのは悪だが、テロで爆破した市民の中に知的障害のある市民が混じっていたらどうだ?
「核兵器はOKだけど、毒ガスはダメ」「民間施設はダメだけど、誤爆はOK」「残酷に殺すのはダメだけど、普通に殺すのはOK」。今正に、玄関ドアの隙間に、「自覚のない自爆はダメだけど、自覚のある自爆はOK」という、自爆テロ容認の靴が突っ込まれてないか、という事だ。
何しろ、印象だけに流されないようにしたいもの。
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