思い立ったが随筆


 日々思う由無事を書き連ねています。



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2012/11/24 『思えば遠くへ来た……のかなぁ』第43回 死者を崇めよ:ししゃもあれとぴあinむかわ
 とある地域の人々の飢饉を救う為、アイヌの神様が柳の葉を魚に変えて川に放ったのがししゃもであるというのは、道民なら誰でも知っている伝説である。
 柳の葉を魚に変える合理性、食糧不足になるまで状況に気づかない迂闊さ、そして出来上がった魚に棒に突き刺さるという不思議な性質を与えたお茶目さ。
 幼い頃より私は、ししゃもを食べる度にこの妙に親しみの持てるアイヌの神を想い描いていた。
 しかし、大人になり、自分が今まで食べていた「ししゃも」が近縁別種のカペリンであり、上記伝説とは全く関係ない生き物である事を知った時、私の心は深い哀しみに沈み、ししゃもの「し」の字を嫌う事にした。けれど、これを下男の権助に付け込まれ四百四十四文を奪われるという事態にまで発展した。
 打ちひしがれ、世を捨て、北の大地へ流れ着きいた私が、場末のバーで雇われバーテンダーとして働いていた時の事だった。
 漁師と思しき客の会話が耳に入った。
「今年のししゃもは不漁」
「ししゃも祭りの用意が難しい」
 ししゃも祭り。
 それはししゃものカムイ(霊魂と類似した概念だが、神格を有する)を天に返し、感謝と次の豊漁を祈る儀式。この神秘的な儀式は、伊能忠敬の記した書簡で触れられており、その神秘的な光景に驚きのみならず底知れぬ宇宙的恐怖を覚えたと語られている。
 見なければならない。
 私は職を辞し、ししゃも祭りを追い求めた。
 山を、谷を、不毛の原野を越え、寒さと飢餓、風土病や熊の襲来に怯えながらも、私の心が折れる事はなかった。
 今、私にししゃもに対するかつての蟠りはない。
 カペリンに感じた憎しみもない。
 ただ、ししゃもを祀るのだ。かつてのアイヌの人々のように、全てを天に返し、再び恵みを受けるのだ。
 それが、私の過去との決別となり、新たな一歩へと繋がる。
 そして、私は辿り着いた。
 ししゃも祭りっぽいそれが行われるとか何とかネットで出ていた鵡川町に。
※前半と中盤と後半にフィクションが含まれます。

 職場だかどこだかで、ししゃも祭りという語句を耳にし、「ああ、そういうのもあるのか」と、ぐぐってみたところ、「門別ししゃも祭り」と、この「ししゃもあれとぴあ」がヒットした。
 門別の方は遠いし日にちの都合が悪いかったので、「ししゃもあれとぴあ」に行ってみる事にした。
 鵡川は苫小牧から日高線乗り換えで、以前フェリーに乗る為に降りた浜厚真駅の一つ先になる。
 ローカル線で本数も少ないが、きっちり時間を把握して行けば午前中の行き帰りも可能である。
 当日。
 まずは一日散歩切符を購入。土休日限定だが2,200円で道央乗り放題。鵡川までこれ一枚で行ける。特急は乗れないが、札幌―苫小牧間程度では、本数があるという利点だけで早さは普通列車と大して変わらないので問題ない。
 6:20琴似発の函館本線に乗り込み、札幌、北広島、苫小牧で乗り換え、8:29に鵡川に到着した(ちなみに、次の列車に乗ると、10:47になる)。
 お、ちゃんと駅舎がある。
 割と人がいるな。みんなししゃも狙いっぽい。
 浜厚真のイメージがあったから、ものすごい殺風景な場所も覚悟していたが、それなりに開けている……と言えなくもないが、まあ、駅前に商業施設らしい商業施設はない。田舎は田舎だね。
 駅は、完全なししゃも推しで、ししゃもの伝説の描かれたパネルや、床のモザイクにししゃも、駅員もししゃも、住人もインスマウス顔と言った有り様(嘘)。
 とりあえず会場に行ってみよう。
 いつもは適当な時間にちらっと行って帰って来るだけなのだが、今回は「ししゃも寿司」の販売があるというので、これを狙っているのだ。
 特に案内とか出てないなー。
 場所は分かるけども。
 あー、なんか曇ってぽつぽつ降ったり止んだりだな。
 一つ大きな通りに当たり、先を見ると、のぼりがずらりと並んでいるのを発見。
 ああ、これだこれだ。
 場所は確認出来たから、後は適当な時間までどこかで時間を潰すか……。
 って、なんかもうテントの前に2、30人ぐらいの行列が出来てるぞ。
 行列の先はああ、やっぱりししゃも寿司の引換券販売。
 販売開始、9:30からだぞ?
 ……まあ仕方ない、並ぶか。
 行列に加わった。
 テントでは、焼いて食べる用のししゃもや飲み物の販売の用意もされている。奥の方では、大鍋でししゃも汁が絶賛作成中。傍らには板を渡しただけの屋根なしの飲食用のスペースが用意されており、七輪と火も貸し出される様子。
 いずれにせよ、9:30までは身動きが取れないな。
 日が射したり雨が降ったりが繰り返される。雨は想定してレインスーツ着用なので濡れる心配はないが、結構寒い。
 スタッフの人とかが話しているのを耳にするに、今年はししゃもが不漁だとか。そもそもししゃもの数は昭和初期と比べて激減しているので、高級魚扱いになり、わざわざ自分のような物好きが来る訳なのだが。
 そして驚愕の事実。
 ししゃも寿司の引き替えは、11:00〜12:00の間。
 いや。
 帰りを10:48発の想定にしてたんだけど……その次の13:03発にせんと駄目か。
 いっそ見るだけ……いや、ししゃもの寿司は流石に「どこでも食べられる系名物」とは違う気がする。
 やや葛藤がありつつも、買う事に決定。
 ようやく9:30になり、引換券の販売が始まった。押し寿司800円と生寿司(北海道固有の表現で、いわゆる握りとかああいう形態のもののこと。火を通したものかどうかは関係ない)1,000円、どちらか一人一つの個数制限有。
 同時に、ししゃも汁も販売開始500円也。
 そりゃ買うよ。寒いもん。
 抱き合わせ商法に近いね、これは。
 発泡スチロール碗に入れたししゃも汁をトレイで受け取り先のイスで食べる。
 ししゃも汁は、おそらくはししゃもで出汁をとった味噌汁で、更に上に二匹、別に茹でられたオスのししゃもがのっている。ジャガイモやキャベツ入り。冷えた体には旨く感じるが、冷えて鼻が効かないから味はよく分からない。
 更に干しししゃもを買って焼いて食べる事も出来るが、4匹かそこらで500円もするし、雨はぽつぽつ来るし、寒いしでやめておく。

 さて、会場の他の場所を見よう。
 祭りなんだから祭りらしくステージイベント……ないな。
 全然ないな。
 隣りの名産品販売所みたいなところで模擬店は出ているが、それだけだ。
 え?
 ちょっと待て。
 つまり、寿司とかを売るだけのものなのか。
 そっかー。
 まあ、何となくそんな気はしたなー。
 よく考えると「祭り」って書いてないんだよな。
 まあいいや。
 知らない町はそれだけで価値がある。
 知らない町を歩いてみたい、どこか遠くへ行きたい……って訳でもないんだが。

 まずはスーパー発見。
 表で野菜が売られている。まあ普通の野菜だなー。
 中でししゃもが安く売られてたりは……しないな。
 冷凍がちょっとあるぐらいだ。
 鮮魚売り場の面積少ないな。
 漁師町なのに。
 いや、漁師町だからこそか。
 そもそも漁師町っぽさは全然ないな。
 苫小牧のベッドタウンになってんのかな、ひょっとして。
 それから、ししゃも屋発見。
 店先でししゃもが大量に干されている様子はちょっと面白い。
 車道に面したところで干すのはあんまり良い結果にならない気がするけどどうなんだろうなぁ。
 更に歩くと、温泉とデイサービスと道の駅がくっついた施設に辿り着いた。
 ここでも机を出してししゃもの揚げ物とか売ってる。
 道の駅で温泉に入るという選択肢がちょっとばかり浮かんだが、寿司の引き替え時間後に湯冷めすると思うので却下した。
 他に見かけた食堂二、三軒でししゃもの料理の看板を出していたが、これは祭りとは関係あるやらないやら。盛り立てたい気持ちがない訳ではないけれど、手間をかける余裕がないというところか。

 ぶらぶらしながら時間を潰すうちに、よううやく11時となった。
 会場に戻ると、地元のゆるキャラの着ぐるみなんかが出ていた。
 ゆるキャラってのもぼちぼちブームが終わるんだろうな。
 ご当地戦隊とかも終わったっぽいしね。
 次は何だろね。
 さて、寿司と引き替え完了。
 惣菜売り場とかである、透明のプラスチックパックに、にぎり寿司が8貫。
 バッグに突っ込んでおいて後で食べるようなものではない。
 寿司は作りたてが一番うまいとも聞くし(出前用除く)。
 さてどこで食べるか。
 会場の飲食スペースを使うのは避けたい。
 寒い。
 だとして、座ってのんびり食べられそうなところというと……。

 鵡川駅の待合室で、パッケージを開けた。
 風は来ないし、人はいないし、良いやね。
 ししゃもは三枚おろしされたもの。赤みがかった白身。小魚で肉が薄いので透き通って見える。
 生ししゃもなんて初めて食べるな。
 醤油を付けて食べる。
 ふむ。
 シャリが固い。
 のはまあ、いいとして。
 んー、鼻が寒さでやられているのでやっぱり味がよく分からない。
 いや確かに旨いよ、旨いんじゃないかな、多分旨いと思う、覚悟はしておけ。

 食べ終わってから列車が来るまでの一時間、町をぶらついたり道の駅のイスに座ったりして過ごした。
 回転寿司屋でも行こうかなぁ。


<出費>
交通費:2200円(一日散歩切符)
食費:1,000円(ししゃも寿司)
食費:500円(ししゃも汁)
計:3,700円
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