思い立ったが随筆


 日々思う由無事を書き連ねています。



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2013/4/20 『思えば遠くへ来た……のかなぁ』第48回 空を飛ぶ程度の能力:やなせたかしの世界展
 大通の地下を歩いている時に、ふと「やなせたかしの世界展」のポスターを見かけた。

 やなせたかしは、自分が古くからその名を認識していた作家の一人である。
 本格的に小説を書こうと決めた時、最初に考えたのは発表の場だった。
 インターネットという言葉が一般人の口の端にも上がらない当時、発表の場は紙媒体に限られていた。けれど、三年生に差し掛かろうという大学生、今さら文芸サークルに入るのもタイミングとしては遅過ぎる。出版社に持ち込みというのはイメージが湧かない(後に知ったが、小説の持ち込みは基本的に相手にされない)。そんな訳で、近くのツタヤで作品募集を行っている文芸雑誌を探したのだった。
 そんな中で、短編小説の募集と掲載をしていたのが「ザ・スニーカー」で、賞金が出ていたのが「詩とメルヘン」だった。
 詩とメルヘンに目を通す中で、編集長の名「やなせたかし」の名があった。
 それが、私がやなせたかしの名を意識した最初だった。

 まあそれは嘘だけど(どこから?)

 やなせたかしの名を意識したのは、普通にアニメのアンパンマンからだった。
 もっとも、「やなせたかし」にはアニメだが、アンパンマンの方は確か小学校の図書室で既に認識していた気がする。
 その時自分はもう小学校高学年であり、夢中になったという事もなかったが、「ひもじいよう」「ぼくのかおをおたべ」辺りのやり取りはインパクトがあって覚えている。

 ポスターを改めて見ると、作品写真に見慣れた詩があった。
「ぼくらはみんな生きている 生きているから――」
 これもかよ!

 そうなんだよなぁ。
 昔から仕事しているクリエイターって、しれっととんでもない有名作品を作っていたりするから始末に負えない。
 手のひらを太陽になんて、多分、人生の九割以上脳内にある歌だぞ、まったく。

 行ってみるか。

 詳細をぐぐってみると、会場は小樽貴賓館(旧青山別邸)だとか。
 ああ、小樽水族館に行く時にいつも前を素通りするアレか。
 あんまり興味が湧かずに行かず仕舞いだったから丁度良いかも知れない。

 当日。
 通院で札幌駅周辺まで行った後、そのままJR函館本線で小樽へ直行する。
 何か安上がりな方法はないか探ってみてはいる。けれどレジャー切符の貴賓館パックでは往復の足と入場料と昼食が付いて4,000円で、食事代のところがやや盛られ過ぎでお得感に乏しい。一日散歩きっぷは小樽の往復だけでは元が取れない。他の観光スポットと絡めたレジャー切符も同時に見るには時間が足りない、と、どれもケチが付いたので定価で行く事にした。
 12時20分過ぎに小樽駅に到着ー。
 さて。
 昼飯どうするかな。
 今食べないと遅い時間にずれ込みそうだけど。
 考えかけたところが、バスが丁度出る時間になっていたので、何はともあれバスに乗った。
 バスは観光向けの小樽散策仕様で、やや遠回りのコースを観光案内の放送を聞きながら進み、30分もしないうちに小樽貴賓館へ到着ー。

 小樽貴賓館は、簡単に言えば鰊御殿、つまり、鰊で財を成した人が小樽に作った屋敷の現存するものの一つである。
 以前にも灯台の近くにある別の鰊御殿(旧田中福松邸)に行っているが、さて、ここはどうだろう――って。
 シャチホコ?
 聳え立つ家屋にシャチホコが付いている。
 これは何というか……屋敷というより城のようだ。
 灯台近くの鰊御殿は、労働者達の宿舎(番屋)だったが、こちらは主人が暮らす為のお屋敷だやね。
 凄い立派だな、うむむ。
 じゃあ早速中に入る。
 下足入れがある。
 そうか土足禁止か。
 スリッパはないんだな。
 なるほど、日本家屋の中というのを意識から落としていた。

 玄関から上がると、でっかく「やなせたかしの世界展」向けの受付が作られていた。
 券売のおねいさんから入場券を買う。大人1人千円也。
 ふむ、階段を上がるのか。
 上がり切ったところに、注意書きが色々書かれていた。
「撮影禁止」
 ……うん、まあ、そうだろうとは思ってたよ。主として絵の展示会だもんね。
 中に入ると、基本親子連ればかり。
 子供に人気があるのか、親が見せたい番組なのか。
 やなせたかしの絵が並び、物によっては詩が付いていたりする。
 それはともかく、一番端に展示されているのは、最初のあんぱんマンの話ではないですか。
 ちゃんとした形で見るのは初めてかも知れない。
 空を飛ぶ事とアンパンを持っている事以外は何の能力もない超人が、ヒーローの面汚しとして中傷され、助けようとした町の子には「アンパンなんてダセえよな、プレステしよーぜ」的な扱いを受け、本当に餓えた子供のいる紛争地域に行ったら対空放火に撃たれてしまった。その後の行方は知れないが、今もパンを配っているに違いない。
 ……あれ?
 初代は撃たれて死んだんだと思ったけれど、必ずしもそうとばかりは言えない表現なんだな。

 他の展示はというと、絵本のラフと仕上がり。
 詩とメルヘンの表紙に使った絵。
 アンパンマンの絵本用の絵とそのラフ。
 詩と絵。
 アンパンマンの一枚絵。
 と、色々ある。
 こうやってこの人の絵を改めて見ると、アニメや印刷に載せる事を考えているのか輪郭がはっきりして色もくっきりしている事が多い。それと、画面内の配置をぎっしり何かを詰める事で成立させているようで、構図自体はあまり上手くない。アンパンマンがひとりで立っている絵なんかは、平面的過ぎて不安になってくる。
 展示の端々に、「作品の明るさや優しさは、実は本人の苦労や哀しみが元になっております」という事が伝わってくる文面がくっつけられている。
 この人って、いつからかそういうポジションになったよな。
 でも、そういうのちょっとつまらない気もする。
 道化師の哀しみを皆が知ってしまえば、もう道化師で笑いは起こらない。
 もっとも、やなせたかしの場合の強みというのは、そうやって知ってしまった人が笑えなくなっても、新たにそれを知らない子供がリロードされる事かも知れん。
 見終わって出口のところは、アンパンマングッズの売り場になっていた。この手の展示では定番のやり方だけど、この題材でこれは凶悪だろうな。親子連れで行くなら、手刀で気絶させる技術を身に着けるか、「買ってあげるのは一つだけ」との文書に血判を貰う程度の事をする必要があるかと。

 一通り見終えてから、今度は貴賓館を見る事にする。
 こっちも別枠で入場料必要なのか。
 一応、千円のところを二百円割引にはなる。
 中は豪勢な調度品で溢れ、建物自体も透かし彫り等が多用され、大変立派なものである。しかも、それらに立入禁止のロープなどはほとんどなく、近付くことができる。思い切ったやり方である。引き出しが一つ盗まれていたが、盗む人の感覚はちょっと分からない。そのパーツだけあって何が嬉しいのか。
 貴賓館を見終わって、付属のレストランに入った。
 鰊御殿だし、鰊蕎麦って実は食べた事がなかったんだよなぁ、と思っていたところ、そばと鰊の棒寿司のセットがあったのでこれ幸いと頼む事にした。
「ご注文は」
「ええと、このメニューのかけそばと鰊の棒寿司セット」
 ……ん?
 今、かけそばつった?
 ――鰊蕎麦ではありませんでした。
 尚、鰊の棒寿司の方は、酢で締めた鰊に数の子を添えた押し寿司で、固めすぎている事もなく、数の子は程良い歯ざわりで思いの他旨かった気がする。


<出費>
交通費:1,570円(札幌―620―小樽―210―貴賓館―210―小樽―530―琴似)
入場料:1,000円(やなせたかしの世界展)
入場料:800円(小樽貴賓館、割引利用)
昼食:1,300円(かけそば、鰊棒寿司セット)
計:4,670円


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